Guest Speaker

岩松氏

岩松琢磨(いわまつたくま)PhD

  2008年 東京農工大学農学部卒業
  2010年 東京農工大学大学院農学府修了
  2010年 株式会社ロッテ中央研究所入社
  2012年 東京大学大学院工学系研究科入学(社会人博士)
  2013年 株式会社ロッテ中央研究所退職(課程博士に変更)
  2015年 日本学術振興会特別研究員(DC2)
  2016年 東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)
          日本学術振興会特別研究員(PD),
          東京大学先端科学技術研究センター,
          生命知能システム分野特任研究員

Presentation Contents

講演タイトル:コロモジラミ嗅覚受容体の機能解析とその応用


  博士後期課程への進学者において,企業での経験がある者はそう多くはいない.その大きな理由の一つとして日本人の博士後期課程に対する考え方がある.例えばアメリカでは大学の授業料免除や給与金などが多く存在し,博士後期課程の学生は社会的に自立しているとみなされている.一方,日本の博士後期課程では日本学術振興会における特別研究員が存在しているが,それに採用されていたとしてもいわゆる学生として扱われ,一般的に社会的に自立しているとはみなされない傾向にある.また修了したとしても,1996年からのポスドク1万人計画の弊害から大学における常勤職は少なく,企業においても研究実務経験のある即戦力として博士号を取得した学生を採用したいとの意識はあるが広く浸透はしていない.これらの理由からアメリカなどでは一度企業を経験した後に博士後期課程に進学するものが多く,社会経済へと還元を意識して基礎研究に取り組む研究者が多く存在する.しかしながら,日本では一度就職して安定な生活を手に入れてしまうとよほど強い意志がない限りそのまま企業で働き続けることになってしまう.そのため,日本では企業と大学間の人材の相互移動が少なく,多様な経験や視点を持った研究者が少ない傾向にあり,研究成果の事業化,ビジネスセンスという点では他国より弱いと言わざるを得ない.

  日本の博士後期課程がそのような環境でもあるにも関わらず,何故私自身が企業から大学院博士後期課程へと進んだのか.修士課程修了後,新規素材の開発などの基礎研究に取り組みたいと考え,ロッテ中央研究所への入社を決意したが,実際に配属された部署は基礎研究部門と離れた製品開発部門であった.この部署で新商品の開発や既存製品の改良,それらの生産工場での生産条件検討,品質管理まで,製品の企画から生産までの一連のサイクルに携わる経験を得た.しかしながら連日の業務に基礎研究が関わることはほとんどなく,基礎研究に関わりたいとの思いがくすぶった状態であった.そこで,私は社内の製品開発における官能検査に適用可能な基礎技術の開発を目的とした研究企画を提案した.それは官能検査に関与する味覚と嗅覚のうち数値化が進んでいない嗅覚の数値化,将来的な官能検査への活用を目標とした昆虫の嗅覚受容体を利用した匂いセンサ開発に取り組むという企画であった.その達成のため,社会人博士として東京大学大学院に入学したが,間もなく会社の利益低迷のため研究テーマが中止となってしまった.時期を同じくして,基礎研究部門として大学に出向していた社員も研究テーマの中止を勧告された.これをきっかけとして,企業における基礎研究は事業化されなければこれまでの投資や関係者の努力も水泡と期してしまうため,研究成果は事業化されてこそ社会に価値を生み出すことが出来ると考えるようになった.嗅覚の数値化および匂いセンサの活用には爆発物検知や麻薬の探索,疾病診断などの幅広い事業分野,可能性があると考えた私はその技術の実用化を目指した研究に取り組むため,博士後期課程の学生となる.そこで,特に災害時の人命救助活動や匂いによる病気の早期発見において,ヒトの体臭を選択的に検出する匂いセンサの創出は有用性が高く,社会的に価値があるものとなると考え,人の体臭に反応を示すコロモジラミに着目し,その嗅覚受容体の機能解析に取り組んだ.また博士後期課程において,実際の研究成果を利用した事業化案を構想する研修プログラムにも参加したことで研究成果の事業化には実務的に事業化に取り組んだ経験が豊富なアドバイザーが必要であることを学び,この経験から基礎研究成果に基づいて日本において技術革新を生み出したいという思いを持つようになった.

  現在はこれまでのロッテ中央研究所や博士後期課程での経験を活用しながら,その嗅覚受容体を利用した匂いセンサの疾病診断への応用研究,事業としての可能性検討に携わっている.今回,特に博士後期課程および現在の研究を中心にして,これまでの取り組みについて発表を行う.

岩松氏

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